長野県で殺人事件

5月25日の午後、長野県中野市の田園地帯で31歳の男が自宅近くの農地で60代と70代の女性2人を刺殺し、その様子を目撃していた近所の住人が警察に通報。男は駆け付けた男性警官2人を猟銃で射殺し、その後自宅に立てこもり、翌日の早朝に警察の説得に応じて投降し逮捕されました。警察の取り調べに対し被害者の女性2人が自分の陰口を言っていると思い殺意を抱いたと供述している様です。犯人は以前からサバイバルゲームが趣味でナイフ等の扱いにも慣れており、また猟銃の使用免許を取得し、猟銃を4丁所有していたようです。

被害者の女性2人は60代後半と70歳で犯人宅の近隣住人であり、仲の良い友人同士の関係だった。犯人宅の近くの道を毎日2人で散歩するのが日課だったという。大きな声で世間話や噂話をしながら歩いていたという証言もあり、それを耳にした犯人が自分の悪口を言っていると思い殺意を抱いた・・ということのようですが、詳細についてはまだ不明な点が多く、それ以外にも被害者達と何か接点があったのかもしれません。犯人は31歳と若く、裕福な家庭の長男で父親は地元の有力な政治家、本人は実家の農園の経営に携わり母親が経営しているアイス販売店の手伝いもしていたとか。ただ、大学を中退し、それ以降は社会との接点が殆ど無いまま実家の手伝いをしていたとのことなので、良くも悪くも社会から評価された経験が少なく、他者からどう見られているかという事について過敏になっていた可能性が考えられます。そこまでは理解出来るのですが、そうした心理から生み出されるであろう問題行動としては、被害者達への暴言、カッとなって衝動的に叩いたり突き飛ばしたりといった、命に関わらない程度の暴力行為が限度だろうという気がしますが・・。元々精神的に何らかの問題を抱えており、それが悪化した為に被害妄想が増大したのかもしれません。女性2人を殺害後、駆け付けた警察官に射殺されると思ったから先手を打って警察官に発砲したと供述しているようですが・・。そうした強過ぎる被害者意識や防御本能が殺人・他害行為に転化してしまったのかなという気もしますが・・。あるいは自殺願望を殺人という形に変えて実行したのかもしれませんが・・。被害者の方々は本当に気の毒で痛ましい限りですが、犯人もある意味気の毒というか・・精神障害の兆候もあるような気がしますし、孤独で辛い時間を過ごしていたんだろうなと。大学時代に人間関係で嫌な思いをして中退した事が挫折の発端ではないかという見方もあるようですが、精神障害の発症が原因で人間関係に行き詰まり中退してしまった可能性もあります。だとしても、治療しなから別の大学で学び直すとか・・対人関係が苦手なら通信制の大学もありますし。大学を卒業出来たか否かは心理的に大きな影響を及ぼしていただろうと思います。こうなってしまう前に本人や周囲の人々が何とか出来なかったのかな・・と思ってしまいますね。

 

 

 

 

芸能事務所の闇と末路

 先日、某有名芸能事務所において数年前に亡くなった前事務所社長が複数の未成年の所属タレントに対し長年に渡り性的暴行を行っていたという疑惑が表面化した為、事務所が公式にその疑惑の存在を認め性的加虐行為を放置していた可能性があると認め被害者達に謝罪しました。元所属タレント達が複数のメディアで前社長による性加害行為を告発し、その動きが拡大した為事務所としては対応せざるを得なくなったようです。本来ならば被害を受けた未成年のタレントが親に相談し、親が事務所を訴える形になっていた筈ですが、そうはならなかった。成人後も被害を受け続けたタレントは多数いたが前社長の存命中は誰一人として社長を法的に訴える事が出来なかった。未成年のタレントの親達は子供への影響を心配して事務所と内々に話し合って示談で済ませたというケースもあったのかもしれませんが・・。誰も訴えずにいる間に社長の加害行為が繰り返されて被害が拡大した、ということのようです。事現時点でも被害を訴えているタレント達は事務所に対して訴訟を起こしている訳ではなく、メディアを通して告発するという形に留めています。よほど前社長が怖かったのか、あるいは何か複雑な背景があるのか・・?その辺りが気になりますが、問題の前社長は既に故人ですし、法的に故前社長や事務所を訴えている人間がいない以上は警察も動けないでしょうから疑惑の真偽や詳細が明らかにされる事は無いでしょう。結局は現社長が公的に謝罪し、被害を訴えている人々と個別に話し合って和解する事で幕引きとなるような気がします。正直なところ、誰か1人くらいは証拠となるような動画や音源を持っているのではないか?とも思いますが。それにしても週刊文春を除く全ての大手メディアが多数の未成年者に対する性加害疑惑事件を知リながら全く報道出来なかったというのも衝撃的です。

個人的な見解ですが、今後は芸能事務所というシステム自体が衰退して行く可能性があるような気がしますね。芸能事務所の多くは地上波の無料放送を発信基盤としています。地上波で高齢者や子供にアピールできるのでネット内でも一定の集客力はありますが、高齢者や低年齢層も地上波に見切りをつけてネットに比重を移しつつあります。今はネットで個人として発信して人気を獲得出来れば大金を稼げる時代ですし、若い世代は事務所のバックアップで活動しているタレントよりも事務所に頼らず自分の能力だけで人気を獲得出来るインフルエンサーに憧れています。YouTuberは子供の憧れの職業No.1とも言われています。芸能事務所と言えば映画やドラマの大作に出演出来るチャンスがあるというのが強みですが、その価値も昔ほど絶対的なものではない。ドラマや映画といったコンテンツも少額の資金で自主制作出来る時代になるでしょうし。AIがリアルなバーチャル俳優を作成し、膨大なデータを参照しながら脚本・演出・編集・テーマソングの作曲作詞歌唱まで全てをこなせれば低予算で作品を制作し低価格で販売出来ます。その中には安くてクオリティの高い作品もあるでしょう。そうした中小の制作会社や個人制作の映像コンテンツが激増すれば、それらとの競合で大規模予算の大作も苦戦を強いられるようになるかもしれません。実写映画やドラマを見る人が減少している現在、芸能事務所に所属してドラマや大作映画に出演しても知名度は大して上がらないし人気も出ない。尚且つ所属事務所の意向に逆らえずパワハラモラハラは当たり前で性的被害のリスクもある。事務所に所属して理不尽な人間関係や契約に縛られるよりフリーでネット活動した方が早道かも・・と考える人が今後増えるかもしれません。

広島サミット

アメリカのバイデン大統領が連邦政府の債務貸付問題の対応の為に今月19日から開催のG7サミットを欠席するかもしれない・・という状況になっていた様ですが、来日はするものの、連邦議会の状況によっては予定を繰り上げて帰国という形になる可能性もあるようです。広島でサミットを開催すると決定した時、よくアメリカを説得出来たなぁと思いました。広島サミット=原爆投下への贖罪をアメリカに強いる形になるからです。アメリカ政府内には政党に関係無く日本への原爆投下を非難・否定する風潮を許さないという「伝統」がありますから・・。しかし広島出身の岸田総理がどうしても広島で開催したいと強く主張したので、アメリカも一旦はそれを受け入れたフリをしたのかなと思います。あからさまに広島を拒絶すれば日本の国民感情を害し、世界から非難される恐れがあるからです。直前になってから適当な理由を作ってサミットを欠席又は途中退席しようという心積もりだったのではと思いますね。貸付問題を巡っての民主党共和党の対立なんて猿芝居で、民主共和両党がグルになってサミットをサボる計画だったという可能性もあります。連邦政府の借入金問題なんていつも同じ展開で落とし所も決まってますし。アメリカ(の白人社会)は末だに原爆投下について検証・議論することすら避けています。アメリカの軍部や退役軍人団体も「ヒロシマ」については常に神経を尖らせています。以前にオバマ大統領が広島を慰霊訪問した際にはアメリカ政府内でも反発する議員が多かったようですが、オバマ大統領はアメリカの黒人としての立場から「白人のアメリカ」がアジアを侵略した歴史を考慮して広島訪問を決断したようです。従って必ずしもアメリカ政府全体の総意では無かったと言えます。アメリカ政府としては、以前にオバマ大統領が慰霊の為に広島を訪問したのだからそれで十分だろうというのが本音だろうと。

岸田総理が広島でサミットを開催したいと願った事は当然であり、正しい選択だったと思います。ただ、日本としてはアメリカの立場にも配慮し、途中退席したとしても容認するしかないと思いますね。広島から核の抑止を世界に訴える事は大切ですが、その一方でロシアや中国の侵攻に備える為にアメリカの核戦術・軍事協力が必要になると思いますし・・。核といえば、ウクライナの戦況も更に泥沼化していて心配です。ロシアの核使用を誘発する事態にならなければ良いのですが・・。

宇宙と言えば・・②

欧米の宇宙開発のスピードが鈍化しているのは何故か・・という考察記事の続きです。前回の記事では、そもそも「宇宙開発のスピード」はその時々の国際情勢によって変化するものであり、特に国が主導する宇宙開発の場合、資金調達や政治情勢、宇宙開発に伴う人命の損失への懸念、政治家の理解不足等が宇宙開発を足踏みさせる事もあるでしょう・・というところまで書きましたが、そうした様々な要因の中で私が特に注目しているのは政治的・技術的なものではなく心理的要因です。心理的要因にも多くの種類があり、宇宙に行った場合の健康被害や孤独感に対する不安、事故や病気の際に十分なケアが受けられない事への不満や不安、死に対する恐怖など、様々な心理的要因があると思いますが、そこには「体の変化に対する不安と恐怖」も含まれるのではないかと思います。現在の人間の姿は生命が地球の環境に適応して進化した結果の1つの形態であり、地球とは全く環境の異なる宇宙船や他の惑星に移住すれば、必然的に外見も変化して行くでしょう。世代を重ねて行けば手足の形、肌の質や色、顔立ちまで全て変わる可能性があります。爬虫類のような肌に小さな頭、短い手足といった容姿になるかもしれませんし、重力が小さな環境に適応してクラゲのような無脊椎動物に近い容姿になるかもしれません。海外の科学誌にはそうしたSF的な想像画が時折掲載されています。一流誌でも「陸地の殆どが海に沈んだ場合、人間の首に魚のようなエラが発生して水中でも呼吸出来るようになるかも?!」という予想に基づいてエラを持った人間のイラストなどを掲載したりしています。欧米、特に白人社会は環境の変化に伴う容姿の変化を激しく拒絶している面があります。勿論アジアやアフリカの社会でもそうした傾向はありますが、欧米の白人社会はその傾向が著しく強い。現在の白人の容姿が生命の完成美、最も理想的な容姿だという思いがあるような気がしますね。現在の高度な医療技術、美容整形技術、アンチエイジングの研究、高度な形成外科技術は白人社会の「現在の人体機能や容姿を維持したい」という意識の強さの具現化です。アジア人にも「若さと美しさと健康」を維持したいという意識は勿論ありますが、アジア人らしい特徴を維持したいという意識はあまりないような気がします。対して白人、コーカソイド系は「若さと健康」と「コーカソイドの特徴」を維持したいという意識が強いような気がします。白人の容姿や肉体美を表現した彫刻芸術などもその意識が生み出したものと言えます。そんな白人社会ですから容姿が変わってしまう事を常に心配しています。SF的な人体の予想画を描くのはその不安の表れかもしれません。日本人や中国人はそんな不安はあまり抱かないでしょう。「宇宙の環境で人体が変わるのは当然。トカゲやクラゲになるしかないならそれでもOK」という感じだと思いますが、白人にはそんな事は想像すらしたくない、耐えられない変化なのかもしれません。いざ宇宙に出て行くという時は、現在の容姿を捨て去る覚悟をしなければなりません。一旦宇宙に出て子孫がトカゲやクラゲになってしまえば、それが宇宙でのスタンダードになるのだから大した問題では無い筈です。しかし、白人社会はそれを簡単には容認出来ない・・トカゲやクラゲになるくらいなら地球に留まる事を選ぶかもしれません。そうした意識が欧米の宇宙開発を鈍化させている要因の1つである可能性も、全く無いとは言い切れないのではないかと思いますね。但し、あと数億年後には太陽の膨張が始まり地球の海は干上がるとも予想されています。それよりもっと早い時期にその兆候が出始めるかもしれません。太陽も推定年齢45億程度で人間に例えるならアラフィフです。予想不可能な体調不良が発生しても不思議ではない。極端な話、太陽の変化によって来年から地球の気温が急上昇する可能性もあります。生き残りたいなら早い段階で少なくとも地球を脱出して火星に移るか、それ以遠の惑星に移住、あるいは太陽系を出て行く必要があるでしょう。危機的状況になった時にはもう容姿がどうのこうの言っている場合ではないので人類は全力で宇宙に飛び出して行くしかないと思いますが。しかし、世界は末だに肌の色や顔立ちといった、どうでもいい小さな違いによる差別について議論している段階ですからねぇ。宇宙に出て行くという前提で物を考えていない。現在の容姿なんてほんの一時的なものに過ぎない、宇宙に出たらみんなトカゲやクラゲに枝分かれして行くんだから、肌の色とか瞳の色とかどうでもいいでしょう。宇宙に出ればいずれ容姿が多様に変化して行くことを世界共通の認識にすれば容姿による差別も減って行くでしょう。個人的には欧米がそうした意識を広める先導役を務める事を期待していましたが、前述のように欧米人、特に白人は現在の容姿を維持することに執着していますからねぇ。その執着を捨て去らない限り、火星に降り立つ事は出来ないかもしれません。意外と、それを実現するのはアジア人やアフリカ人かもしれませんね。

引退後の生活

最近、早く仕事から引退したいなと思う気持ちが強くなってきました。少なくともフルタイムでの仕事は体力的にきつくなってきていると実感しています。民間企業で定年といえば65歳ですが・・法的にも2025年に定年を65歳以上とする事が義務化されますが、しかし65歳まで健康で能力的にも全く衰えていない人なんてごく一部なんじゃないかと思いますね。日本人の健康寿命は75歳前後ですが、60歳以上になれば健康上の問題や加齢による体力・能力の低下が顕著になる場合が多いので、表向きは65歳定年でも実際は60歳前後で一旦早期退職してから契約社員・パートやアルバイトとして再雇用という現在の形態を維持する企業が多いのではないかと思いますね。働く側としてもその方が体力的な負担が少ないので好都合という場合があるのではないかと思います。ただ問題は経済面です。本来は労働機能が低下する60歳前後から国が年金を支給し老年世代をサポートすべきですが、財政難によって年金支給開始年齢が年々に引き上げられており、現在の年金支給開始年齢は65歳です。財務省内では更に68歳、70歳に引き上げるべきだという議論も活発化しているようです。従って、国としては企業に65歳まで国民を養って貰わなければ困る訳です。しかし企業も社員全員を65歳まで養える訳ではないので、高齢社員の一定数をリストラあるいは早期退職を勧告せざるを得ない。リストラされた高齢者は公的サポートの無い状態でアルバイトを掛け持ちしながら65歳の年金の支給開始まで生活を繋ぐしかない。特別な技術や有力な国家資格を持っていたとしても、60代を雇い入れてくれる機関や企業はそう多くは無いでしょう。繰り上げ受給で60歳から年金を受け取る事も出来るのですが、繰り上げ受給をした場合は支給額が減額されてしまいます。出来れば本来の受給額を受け取りたいと考える人が殆どですから、非正規・低賃金で働き、貯金を切り崩しながら65歳になる日を待つ人も多い。他方、元々資産や不労所得がある人などは50代の内に会社を早期退職して悠々自適の早目の老後生活に入る場合もある様です。私も出来れば60歳になるまでに現在の仕事をリタイアして身軽になり、60歳以降は住宅費の安い田舎に移住したいと思っていますが、経済的に不安な部分もあるので実現出来るかどうかは分かりません。ただ、気持ちの上では50代半ばになったら現役としての労働活動は引退したものと考え、それ以降の仕事は自分にとってはリタイア後のボランティア活動的なものとして位置付けることになると思います。

個人的には将来高齢化のピークが過ぎれば年金財政もある程度改善し、今の30代以下の世代が70歳になる頃には年金制度が再設計されてより手厚く老後を支えられるようになるのではないかと思います。

老後の生活資金の足しになればと思い少しだけ株を買っていたのですが、配当金は微々たるものですし、運用手数料や税金がかかりますから赤字寸前の時もあります。そろそろ売却しようかなとも思い値上がりを待っているのですが・・いつになることやら。色々考えている内にGWも今日で終了、明日から仕事です。

食事と嚥下機能

※人体の構造についての記述を含んでいる記事なので、そうした内容が若手な方はスルーして下さい。

 

時々、幼児や小児、あるいは高齢者が食事中に喉を詰まらせて窒息死というニュースを目にしますが、食べ物等が喉に詰まって窒息するといった事故は決して子供や高齢者に限った話ではありません。青年~壮年期の健康な人間であっても発生するリスクは十分にあります。食物を飲み下す嚥下カや食べ物や空気の通り道である食道の内径には個人差がありますから、食材や食べ方によっては若くても喉を詰まらせて窒息死する可能性は常にあります。以前に海外のニュースで10代の若い男性がチキンを食べている途中で喉を詰まらせ、殆ど呼吸が出来なくなり、緊急搬送で病院で治療を受けたものの酸欠状態が続いた為に脳に後遺症が残ったというケースを見ましたが、男性は健康で持病も無かったとのことでした。「食べる」という行為は生きる楽しみであると同時にリスクを伴う・・そんな事は誰でも自覚していると思いますが、あまりに日常的な行為なので警戒心が緩んでしまっている場合が多いのではないかと思います。私も中高年世代になってから嚥下カが弱くなったなと自覚するようになり、食材によっては細かくカットするようになりました。年を取ってしまったなぁ・・と実感しています。食道(食べ物を喉から胃に送るホースのような器官)の内径は、日本人の場合成人で平均20mm~30mm程度で弾力性はあるものの、結構細いイメージです。成人の食道の長さは平均で25㎝です。食道は食事以外の時は紙袋を畳んだように内部の空洞が狭まっている状態ですが、水や食物を胃に送る時に2~3cmの幅に広がります。水や食物が食道を押し広げて胃に落下して行くような感じです。直径2㎝~3㎝ほどのホースの中に食べ物を流して行くようなものですから、年齢に関係なく途中で詰まってしまうケースがあるのも頷けます。高齢者は加齢によって嚥下機能が低下しますし、幼児や小児はまだ飲み下す力が弱いので窒息死のリスクが高まります。その為、食事の際はまず水等の液体を飲んで食道内の粘膜を潤し、食道の筋肉をウォーミングアップさせてから食事をする事が望ましいとされています。よく噛んで食材を消化し易い形状にしてから飲み込む、口一杯に頬張らずに適量ずつ口に入れる、時々水やお茶を飲んで食物の喉通りを良くする、といったことは子供の頃によく注意されたという人も多いのではないかと思います。食べ物による窒息は食道だけではなく、食道の途中で連結している気管(肺に空気を送るホース状の器官)に食べ物が入り込む事でも発生します(誤嚥)。通常、水や食物が食道を通る際には気管との連結部は塞がる構造になっているのですが、何かの拍子に誤って水や食物が気管に入ってしまう事はよくあります。急いで水やジュースを飲んだ時、むせてしまって咳き込んだ経験は誰にでもあると思います。気管の内径は成人男性で18mm、成人女性で15mm程度です。1歳児の気管の内径は5mm、5歳児で10mmです。水や食べ物が肺の気管に入ってしまう誤嚥は高齢者や子供に多く、特に乳幼児や小児は気管がまだ狭いので食事を与える際には気管内径の数値を意識しておいた方が良いかもしれません。 何となく食べ易いように食材を細かくカットするのでは無く、食道や気管の構造や内径の数値を頭に入れておけば、窒息を予防する事を意識しながら食材を調理、飲食する習慣が身に付くようになるのではないかと思いますね。

 

 

維新の会

先日、四月上旬に統一地方選挙が実施されました。今回の地方選挙では北海道と関西の選挙結果に注目が集まっていましたが、やはりというか、関西の地方選挙の結果は「大阪維新の会」の圧勝で、特に大阪では府知事と大阪市長W選挙で勝利し、府議会・市議会で単独過半数議席を獲得しました。大阪以外の京都・奈良等でも京都市議選で議席数を伸ばし奈良知事選で勝利しました。関東圏でも幾つかの議席を獲得しています。大企業や公務員・海外に金をバラまく自民党公明党の連立政権に対する不満票が、庶民に金をバラまくとPRしている維新の会に流れて行ったと言われていますが・・。私が見る限り、維新は政治組織というより企業組織に近いような気がしますね。業種は不動産業・風俗飲食業、建設業・貿易業等といったイメージです。商人の街・大阪の個性が出ている政党だなと思いますね。以前にアメリカ軍の誘致を匂わせたりしていて驚きましたが、流石にそれは府民の反発があって断念し、大阪都構想住民投票で否決、カジノのIR構想は今回実現できる公算が高まっているようですが、府民から反対する声も上がっている様です。これほど府民が嫌がる提案を連発している政党も珍しいですが、しかし金勘定にシビアで公務員の無駄遣いをカットし、庶民、特に子供に手厚い支援策を実施している点が評価されているので大阪での政権基盤は今の所安定しているようです。企業的体質なので税金の無駄遣いや非効率な財政運営は許せない、その一方で公的機関としての視野の広さや実利を超えたレベルでの視点が無い為に政治組織としての限界もあるような気がします。大阪湾にカジノが出来たらどうなるのか。企業ならば大きな収益のみを目標とすればいいので問題は無い。ですが行政は環境公害や犯罪・次世代への影響まで、全てを検証しケアして行かねばならない。あらゆる事態を想定して府民に説明し理解を求めなければならないと思いますが・・。無論、政党もキャリアを積んで行く中で変化し成熟して行く場合があるので大阪府民もそうした将来性を見込んで、不安な要素があることを認識しつつも支持しているのではないかと思います。個人的には維新の会の体質や考え方が変わる未来は想像し難く、いずれは政党としての終焉を迎えるのではないかと思っていますが・・。既に国政政党としても始動している維新の会ですが、まだ全国規模で候補者を擁立する態勢ではなく、地方政党というイメージが強い為か関西以外での選挙区では苦戦しており現時点での国会議員数も少ない。今後本格的に国政に進出するのかどうか、その動向が気になる政党です。私が維新に投票する事は無いだろうと思います。先述したように政党としての視野が狭く近視的である、実利主義に偏り過ぎていて複合的な視点に欠ける、外交面でのグランドデザインが描けていない等がその理由です。幹部陣に英語が堪能な方が少ないような気がするのも不安材料です。国政を担うからには党首は英語を流暢に話せる人でないと務まらないでしょう。かなり昔の話ですが、維新の創始者在日米軍兵に地元の風俗店を活用して欲しいといった主旨の発言をしてペンタゴンアメリカの世論の怒りを買った騒動がありました。世界の潮流に疎く、モラルよりも時代遅れの実利を優先する維新の一面が表れているような気がします。賭博や風俗の売り上げは、人間にとって本当の売り上げではない。既にそれが世界の共通認識になっている事を知らないのではないかと。世界標準のモラルや常識・価値観を備えているのかという点で不安を感じさせる点が多々あります。また、そうした騒動を引き起こした創始者の発言について党内で議論・検証しようという動きも殆ど無かったように思われます。党の上層部の独裁的な支配、風通しの悪さを感じましたし、その体質は現在もあまり変わっていない様に思われます。維新や立憲民主等を上回る総合力を持った野党が誕生してくれれば・・と思うのですが。